相続法改正について
目次
1 はじめに
2018年(平成30年)7月に,相続法制度の見直しを内容とする「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律」と,法務局において遺言書を保管するサービスを行うこと等を内容とする「法務局における遺言書の保管等に関する法律」が成立しました。
具体的には,
⑴ 被相続人の死亡により残された配偶者の生活への配慮等の観点から,
① 配偶者居住権の創設
② 婚姻期間が20年以上の夫婦間における居住用不動産の贈与等に関する優遇措置
⑵ 遺言の利用を促進し,相続をめぐる紛争を防止する観点から,
① 自筆証書遺言の方式緩和
② 法務局における自筆証書遺言の保管制度の創設(遺言書保管法)
⑶ その他,預貯金の払戻し制度の創設,遺留分制度の見直し,特別の寄与の制度の創設などの改正を行っています。
2 配偶者居住権の創設
配偶者居住権の創設により,被相続人(亡くなられた方)の配偶者が,相続開始時に被相続人が所有する建物に居住していた場合には,その配偶者が,遺産分割において,終身又は一定期間,その建物に無償で居住することができるようになります。
以下の事例で,改正前と改正後を比較してみようと思います。
・被相続人Aが残した財産:自宅(2000万円)と預貯金(3000万円)
・相続人:妻B,子どもC
・Aの遺言:なし
この場合,妻Bさんと子Cさんの法定相続分は,Bさんが2分の1となり,Cさんも2分の1となりますので,Aさんの財産の合計5000万円を2人で等分することになります。したがって,Bさんは2500万円,Cさんは2500万円を相続することになります。
これを前提とし,Bさんがそのまま自宅に住み続けるために,自宅(2000万円)を取得したとすると,預貯金3000万円のうち,Bさんが取得する金額は,Bさんの相続分である2500万円から自宅の価値(2000万円)を引いた500万円となります。なお,Cさんは,残りの預貯金2500万円を相続することになります。
これでは,Bさんは自宅に住み続けることができても,その分取得できる預貯金が減ってしまいますので,今後の生活に不安を覚えるということもあると思います。
これに対して,配偶者居住権の制度がある場合にはどうなるかを検討したいと思います。
この場合,Bさんは,配偶者居住権によって,引き続き自宅に住み続けることができます。そして,Cさんは,配偶者居住権の負担のある自宅(配偶者居住権がある分,自宅の価値は何の負担もない場合と比較して減少します。)を取得することになります。
仮に,配偶者居住権の価値を1000万円とすると,Bさんは,配偶者居住権(1000万円)に加えて,預貯金1500万円を取得することできます。この場合には,配偶者居住権の制度がなかったときと比べて,1000万円多く預貯金を取得できますので,生活の本拠と生活資金の双方を確保できることになります。なお,Cさんは,配偶者居住権の負担のある自宅(1000万円)と預金1500万円を取得することになります。
このように,遺産分割の方法の一つとして配偶者居住権も選択肢に含まれることになり,これまでよりも柔軟な遺産分割が可能となります。
なお,この制度は,2020年(令和2年)4月1日からスタートしますので,それ以降に発生する相続について用いることができます。
3 結婚20年以上の配偶者への自宅贈与等に関する優遇措置について
この改正により,婚姻期間が20年以上である夫婦間で居住用不動産(居住用建物又はその敷地)の遺贈又は贈与がされた場合については,原則として,遺産分割における配偶者の取り分が増えることになります。
以下の事例で,改正前と改正後を比較してみようと思います。
・被相続人:A
・相続人:妻B,子どもC,子どもD
・AとBは結婚後20年以上経過
・Aは生前に自宅の持分2分の1(2000万円相当)をBに贈与した。
・被相続人Aが残した財産:自宅の持分2分の1(2000万円相当),
預貯金(6000万円)
・Aの遺言:なし
まずは,改正前について説明します。
この場合,妻Bさんと子Cさんと子Dさんの法定相続分は,Bさんが2分の1で,CさんとDさんは4分の1となります。Aさんが残した財産の合計は8000万円ですから,Bさんは4000万円,CさんとDさんは2000万円ずつを相続することになるはずです。しかし,この場合においては,生前贈与分については,相続財産の先渡しを受けたもの(特別受益)として相続財産とみなされますので,Aさんの相続財産の合計は,Aさんが残した財産8000万円とBさんに贈与された2000万円の合計の1億円となります。したがって,Bさんは5000万円,CさんとDさんは2500万円ずつを相続することになりますが,Bさんは既に2000万円を生前贈与として受け取っていますので,5000万円から2000万円を除いた3000万円がBさんの取得額になります(なお,Bさんは,この取得額3000万円に加えて,生前贈与として2000万円を取得していますので,最終的な取得額の合計は5000万円となります。)。
相続法では,特別受益を持ち戻すことによって,贈与や遺贈によって,最終的に取得できる金額が変わらないようにしているのです(生前贈与がなかった場合におけるBさんの取得額は,1億円の半分なので,5000万円です。)。
しかし,Aさんが配偶者であるBさんに生前贈与や遺贈をするのは,Bさんの長年にわたる貢献に報いるとともに,老後の生活を保障するという目的で行われることが多いというのが実情です。上記のように,最終的にBさんが取得できる金額が変わらないのであれば,Aさんの目的は達成できないことになってしまいます。
そこで,今回の改正によって,婚姻期間が20年以上である配偶者については,居住用不動産を遺贈又は贈与した場合については,原則として,特別受益として取り扱わなくてよいこととしました。
上記の例でいうと,Bさんが生前贈与で取得した2000万円は,相続財産とはみなされませんので,Aさんの相続財産の合計は,8000万円となります。Bさんの法定相続分は2分の1ですので,Bさんはその中から4000万円を取得することになります。
この場合,Bさんは,生前にAさんから2000万円分の贈与を受けていますので,実質的には合計6000万円を取得したことになります。
このように,Bさんは,贈与がなかった場合(5000万円)より多くの財産を最終的に取得できるようになっており,被相続人の贈与や遺贈の目的を尊重する形で遺産分割を行うことができるようになったといえます。
なお,この制度は2019年(令和元年)7月1日に施行しています。
4 預貯金の払戻し制度の創設
この制度の創設により,預貯金が遺産分割の対象となる場合に,各相続人は,遺産分割が終わる前でも,一定の範囲で預貯金の払戻しを受けることができるようになります。
従来の制度では,相続された預貯金債権は遺産分割の対象財産に含まれることとなり,共同相続人による単独での払い戻しはできないことになっていました(平成28年12月19日最高裁大法廷決定)。
しかし,これでは,生活費や葬儀費用の支払い,相続債務の弁済などの資金需要がある場合にも,遺産分割が終了するまでの間は,被相続人の預貯金の払い戻しができないという不都合が生じていました。
そこで,遺産分割における公平性を図りつつ,相続人の資金需要に対応できるように今回の制度が設けられました。これにより,①預貯金債権の一定割合(金額による上限あり)については,家庭裁判所の判断を経なくても金融機関の窓口における支払いを受けられるようにするとともに,②預貯金債権に限り,家庭裁判所の仮分割の仮処分の要件を緩和しました。
①の家庭裁判所の判断を経ずに払い戻しを単独で受けられる金額は,「相続開始時の預貯金債権の額(口座基準)×1/3×当該払い戻しを行う共同相続人の法定相続分」となります。ただし,1つの金融機関から払い戻しが受けられるのは150万円までです。
例を挙げると,被相続人(親)の口座に600万円が入っていて,共同相続人が子2人のみという場合には,600万円×1/3×1/2=100万円となることから,共同相続人の1人である子は,単独で100万円を払い戻すことができます。
②は,家事事件手続法を改正したもので,仮払いの必要性があると認められる場合には,他の共同相続人の利益を害しない限り,家庭裁判所の判断で仮払いが認められるようにするというものです。
この制度は2019年(令和元年)7月1日より施行されています。
5 自筆証書遺言の方式緩和
この改正により,自筆証書遺言についても,財産目録については手書きで作成する必要がなくなります。ただし,財産目録の各頁に署名押印をする必要はあります。
改正前の民法によると,遺言者が,全文,日付,氏名を自書し,これに印を押さなければ,その遺言は無効となります(968条1項)。
この場合,相続財産の一覧を記載する財産目録についても自書しなければならず,パソコン等での作成は一切認められていませんでした。これは,財産が複数ある場合には,大変な労力を要するものでした。
そこで,改正民法968条2項では,財産目録について,自書である必要はないとし,パソコンでの作成や,通帳や登記事項証明書の写しを添付するというような方式でもあってもよくなりました。なお,財産目録の各頁には署名押印をしなければなりませんので,偽造も防止できるようになっています。
この方式による遺言は,2019年(平成31年)1月13日からできるようになっています。
6 自筆証書遺言の保管制度の創設
この制度の創設により,自分で作成した自筆証書遺言について,法務大臣の指定する法務局への保管を申請することができるようになります。
従前,公正証書遺言の場合には,公証役場において遺言書の原本を保管してくれましたが,自筆証書遺言の場合には,公的な保管制度がなく,自宅に保管するか,信頼できる人に預けるしかありませんでした。しかし,これでは紛失,相続人による意図的な廃棄,改ざん等の可能性を排除できず,相続の際に揉める可能性がありました。
そこで,今回,自筆証書遺言を法務局の遺言書保管所で保管できるという制度が新設されました。
この新設された制度では,自筆証書遺言を作成した本人が,法務局の遺言書保管所に行き,遺言の保管の申請をする必要があります。その際,遺言書保管所において,本人確認や遺言書の方式の適合性(署名,押印,日付の有無等)を外形的に確認するなどした上で,遺言書の原本とその画像データが保管されることになります。そして,遺言者の死亡後に,相続人や受遺者らは,全国にある遺言書保管所において,遺言書が保管されているかどうかを調べること(「遺言書保管事実証明書」の交付請求),遺言書の写しの交付を請求すること(「遺言書情報証明書」の交付請求)ができるようになります。また,遺言書を保管している遺言書保管所において遺言書を閲覧することもできます。なお,遺言書の閲覧や遺言書情報証明書の交付がされると,遺言書保管官は,他の相続人等に対し,遺言書を保管している旨を通知することになります。そして,遺言書保管所に保管されている遺言書については,家庭裁判所の検認が不要となります。
この制度では,遺言書の紛失や隠匿等を防止できますし,相続人が遺言書の存在を把握することが容易になるので,遺言者の最終意思の実現や相続手続きの円滑化が見込まれます。
なお,この制度が始まるのは2020年(令和2年)7月10日からとなります。
7 遺留分減殺制度の見直し
この改正により,遺留分減殺請求権は,遺留分侵害額請求権へと名前が変わり,①遺留分を侵害された者は,遺贈や贈与を受けた者に対し,遺留分侵害額に相当する金銭の請求をすることができるようになるとともに,②遺贈や贈与を受けた者が金銭を直ちに準備することができない場合には,裁判所に対し,支払期限の猶予を求めることができるようになります。
遺留分とは,一定の範囲の法定相続人に認められている最低限度の遺産取得分のことをいいます。
例えば,被相続人Aさんの預貯金が1000万円で,相続人がその子であるBさんとCさんの2人であったときに,AさんがBさんに全ての財産を相続させるという遺言を残していたという場合を考えます。この場合,Aさんの遺言に従い,Bさんが1000万円を全て取得することになりそうですが,Aさんの子であるCさんは,Cさんの法定相続分(2分の1)の2分の1に当たる4分の1については,遺留分として取得することができるようになっています。したがって,Cさんは250万円を取得し,Bさんは残りの750万円を取得することになります。
改正前に,遺留分減殺請求権を行使した際,対象が預貯金の場合は,上記のように分けることになるのですが,対象が不動産であった場合などには,その不動産について共有状態が生じることになっていました。
先の例で,仮にAさんの財産が1000万円の評価の土地のみであった場合に,Cさんが遺留分減殺請求権を行使すると,その不動産につき,Bさんが1000万分の750万,Cさんが1000万分の250万の持分をそれぞれ持つ形で共有状態が生じることになります。
しかし,これでは,複雑な共有関係が生じることによる不動産の利用の阻害や,円滑な事業承継に支障を来すこともありました。
今回の改正では,遺留分侵害請求権を行使すると,「遺留分侵害額に相当する金銭の請求をすることができる」となっていますので,不動産について持ち分の請求ができず,全てが金銭的な債権になります。
したがって,Bさんは1000万円の不動産の持ち分を全て取得し,CさんはBさんに対する250万円の金銭債権を取得することになります。この場合,Bさんは,Cさんに250万円を金銭で支払うことになります。
これによって,遺留分侵害請求権の行使で共有関係が当然に生じるということを避けることができるようになり,特定の人に財産を残したいという遺言者の意思を尊重することができるようになりました。
なお,この改正は,2019年(令和元年)7月1日に施行されました。
8 特別寄与制度の創設
この制度の創設により,相続人以外の被相続人の親族が無償で被相続人の療養看護等を行っていた場合には,その人は,相続人に対して金銭の請求をすることができるようになります。
従前の場合,相続人以外の者は,被相続人の介護に尽くしていたとしても,相続財産を取得することができないことになっています。
例えば,被相続人であるAさんには,長男Bさん,二男Cさん,長女Dさんの3人の子どもがいたが,BさんはAさんよりも先に亡くなっており,その後のAさんの介護は,亡くなったBさんの妻であるEさんがしていたという場合には,Eさんは相続人ではないことから,相続財産の分配がない一方で,CさんとDさんは,Aさん介護を何もしていなくとも相続財産を取得することができます。
今回創設される制度では,①被相続人の親族であること(相続人,相続放棄をした者,相続人の欠格事由に該当する者及び廃除された者を除く),②被相続人に対して療養看護その他の労務提供をしたこと,③②により被相続人の財産の維持又は増加に特別の寄与をしたこと,④②が無償であることという4つの要件を満たせば,その親族は相続人に対して特別寄与料を請求することができます。
上記の例のEさんは,相続人の地位を得ることはできませんが,相続人であるCさんとDさんに対し,金銭の請求をすることができるようになります。
この制度は,遺産分割の手続が過度に複雑にならないように,遺産分割は,現行法と同様,相続人だけで行うようにしつつも,介護等の貢献に報い,相続人との間の実質的な公平を図る目的で創設されたものです。
なお,この制度は,2019年(令和元年)7月1日に施行されています。
9 相続開始後に共同相続人がした財産の処分について
今回の改正により,相続開始後かつ遺産分割前に共同相続人の一部が処分した財産については,財産を処分した相続人以外の相続人全員の同意があれば,処分された財産を遺産分割の対象に含めることができるということになりました。
以下の事例で従来の制度との比較をします。
・被相続人Aの遺産:預貯金600万円
・相続人:長男B,二男C,長女D
・BがAの死後,勝手にAの遺産のうち,300万円を引き出した
・Aの遺言なし
この場合,従来は,Aさんの遺産として分割の対象となるのは,残額の300万円のみとなり,Bさんに勝手に引き出された300万円については,CさんとDさんが不法行為に基づく損害賠償請求または不当利得に基づく返還請求でBさんから取り戻す必要がありました。
しかし,このような訴訟を提起しなければいけないという負担があることに加え,仮にBさんが300万円を全て使い切っており,他に財産がないという場合には,そもそも回収すらできないというリスクがあります。
このような結果では,あまりにも相続人間の公平を欠くことになります。そこで,今回の改正により,この点がどのようになったかを見ていきます。
先ほどの例ですと,CさんとDさんが同意すれば,Bさんの同意を得ることなく,Bさんが勝手に引き出した300万円を相続財産に含めて分割することができるようになります。
したがって,CさんとDさんが同意した場合には,Aさんの遺産は従来とは異なり,600万円となります。そして,Bさん,Cさん,Dさんの法定相続分はそれぞれ3分の1ですので,各々200万円ずつを取得できることになります。しかし,Bさんは,本来200万円しか取得できないところ,既に300万円を引き出しています。そこで,残った300万円はCさんとDさんで等分することとし,Bさんは超過部分にあたる100万円について,代償金としてCさんとDさんに支払うことになります。
なお,これは,相続開始後に共同相続人の一部が勝手に遺産を処分してしまったという場合に用いることができる制度ですので,被相続人の生前に,共同相続人の一部が預金を使い込んでいたという場合には用いることができません。
この制度は2019年(令和元年)7月1日より施行されています。
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